デジタル庁の責任者が解説するデジタルインボイス普及までの道
インボイスには、従来型の紙をベースとしたインボイス、そして海外で普及しているデジタルインボイスがあります。本コラムでは、デジタルインボイスの制度設計を主導したデジタル庁の加藤 企画調整官にインタビューした内容を元に、デジタルインボイスとは何か、デジタルインボイスを導入することで何が変わるのか、そして海外の現状を解説します。
デジタル庁 国民向けサービスグループ 企画調整官
加藤博之氏
東京大学卒業、オランダ・ライデン大学ロースクール(国際租税)修了。財務省主税局において、消費税制度の制度設計全般を担い、軽減税率・インボイス制度も担当。令和3年9月より現職。現在、Japan Peppol Authorityの責任者としてデジタルインボイスの普及を目指す。
目次
インボイス制度(「適格請求書等保存方式」)とは?
インボイスとは、適格請求書と呼ばれ、売り手が買い手に対して正確な税率や税額などを伝える手段です。特に、複数税率制度の下では、適正な税額計算のため、インボイスが必要となります。インボイス制度は、仕入税額控除の適用のため、原則、適格請求書の保存が求められる制度で、2023年10月1日より開始されます。事業者は、原則、2023年3月末までに税務署に対し登録申請を行うことで、「適格請求書発行事業者」になることができます。開始以降は、適格請求書発行事業者の登録を受けていない事業者との取引では、仕入額控除が認められなくなります。
※インボイス制度については、こちらの記事で解説しています。
従来の紙に代わり請求書の電子化が進む
インボイス発行の流れは、通常の請求業務と変わりありません。事業者間(BtoB)の請求業務では、売り手である事業者(受注者)が請求書を発行し、紙に出力して押印し、買い手(発注者)に郵送することが一般的です。最近は、請求書をPDFに変換して電子メールで送付する、いわゆる「電子化」も増えています。
新たに導入されるインボイス制度では、インボイスに記載が必要な項目が規定されていますが、その形態についての規定はありません。紙のインボイス、電子化されたインボイスの両方認められています。
ところが、2022年1月の電子帳簿保存法の改正によって、2024年1月から電子取引の取引情報の書面保存が廃止になり、電子取引に係るデータについては、データでの保存が必須になります。インボイス制度と電子帳簿保存法とは直接関係があるわけではありませんが、データの保存や環境保護の観点からも、今後さらなる電子化が進むことが予想されます。しかしながら、単に電子化しただけでは、デジタルデータならではの利便性を十分活かしているとは言えません。なぜなら、インボイスをPDF化して電子メールで送っても経理担当者の会計システムへの仕訳や転記・入力作業など、結局は人手がかかっているからです。請求業務は、一般的に事業規模に比例して増えるため、大量の請求書を扱う企業にとって、業務の効率化は喫緊の課題です。そこで注目を集めているのが「デジタルインボイス」です。
デジタル庁の加藤氏は、デジタルインボイスについて次のように説明しました。「デジタルインボイスとは、売り手のシステムから、買い手のシステムに対し、人の手を介することなく、直接データ連携される仕組みです」(加藤氏)
デジタルインボイス導入でバックオフィスが楽になる
デジタルインボイス導入の最大のメリットは、業務の効率化です。
人を介さずに、インボイス発行から仕訳、仕入税額控除の計算などの業務が機械化・自動化できるようになるため、バックオフィス業務の負担を大きく削減できます。このことは、とりわけ請求書の取り扱い件数が多い大企業にとっても大きなメリットです。テレワーク環境で一連の業務が行えますので、インボイス印刷や押印のためだけにわざわざ出社する必要もありません。
「大企業からデジタルインボイス導入が進むことが予想されますが、成長著しい中堅企業こそデジタルインボイスを導入すべきです。人手を介する作業が事業拡大の足かせにならないよう、システムに任せるという発想を持つことが重要です」(加藤氏)
デジタルインボイスの普及のカギを握るグローバルの標準仕様である「Peppol」
日本でデジタルインボイスが普及するために重要なことは、システムベンダーが共通に使用できる標準仕様です。特に「ネットワーク」「文書の仕様」「運用ルール」の標準化が必要ですが、これらについては国際標準仕様「Peppol(Pan European Public Procurement Online)」が既にあります。
Peppolは元々ヨーロッパの公共調達の仕組みとして導入されました。その後BtoB取引で利用されるようになり、現在では世界30カ国以上で使われています。Peppolを管理しているのが国際的な非営利団体「OpenPeppol」です。日本は2021年9月にOpenPeppolに参加し、Peppolをベースとしたデジタルインボイスの標準仕様の策定作業を、デジタル庁が進めてきました。
「付加価値税制度(VAT)を導入している諸外国においては、インボイスをもとにした仕入税額控除が一般的です。Peppolの欧州付加価値税制(EU VAT)の要素をできる限り薄め、より国際的なものとしたものが『PINT(Peppol International Billing Model)』と呼ばれており、それをベースに作成したのが『Peppol BIS Standard Invoice JP PINT(JP PINT)』です。日本のデジタルインボイスの標準仕様です。当然、Peppolの仕様の一つですので、相互互換性が担保されます」(加藤氏)
今後、JP PINTに対応したサービス・プロダクトが会計ソフト・ERPシステムベンダーからリリースが期待されています。
「現在(令和4年10月末時点)、国内外のサービスプロバイダー15社をCertified Service Providerとして認定しました。また、20社以上の会計ソフト・ERPシステムベンダーがPeppol対応を表明しています」(加藤氏)
海外ではデジタルインボイス普及が進んでいる
海外ではデジタルインボイスが普及しています。それだけでなく、デジタルインボイスを活用した新しいサービスが既にリリースされています。
「例えば、シンガポールでは、銀行がデジタルインボイスのサービスプロバイダーとなっています。銀行が、顧客のインボイスのデータ提供を受けることで、顧客の適正なリスク管理を行い、優遇金利を提供するなどのビジネスを行っています」(加藤氏)
図:デジタルインボイス、あなたの業務をどう変えるのか
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事業負担の軽減
バックオフィス業務の時間を削減し、それを別の業務にあて、生産性向上につながる
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低廉な対応コスト
既存のパッケージソフトの利用料、又は限られた追加料金で利用が可能(デジタルインボイスのやり取り自体は無償の場合が多い)
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請求代金の迅速な回収
買い手における請求・振込処理プロセスが自動化され、迅速な代金決済等につながる
加藤氏は、海外のサービスプロバイダーの日本市場への関心が非常に高いと打ち明けます
「海外企業が、日本の拠点に対し、デジタルインボイス対応を求めています。なぜなら、グローバル拠点はPeppol対応済みなのに、日本の支社・支店だけが対応していないからです。それを受けて、欧米の海外のベンダーから、日本でのサービスプロバイダーとして認定を受ける動きが早々にありました」(加藤氏)
加藤氏は、取引先の海外企業から日本企業に対し、将来的にデジタルインボイス対応を求められる可能性を示唆しました。
「グローバル市場で事業を展開しているのは、今や大企業だけではありません。例えば、海外に製品を輸出する中小の部品メーカーなど、海外取引が多い企業から、Peppolに対応したデジタルインボイス対応が進むのかもしれません。デジタルインボイス対応をすることでPeppolを利用している国とのインボイスのやり取りも楽になります」(加藤氏)
日本でのデジタルインボイス導入は、これから加速することが予想されますが、それだけでなく、デジタルインボイスに関連した新しい付加価値をもたらすサービス創出が求められています。
加藤氏は「バックオフィス業務の負担軽減だけでなく、国際競争力の向上に資するため、デジタルインボイスに関連した新たなビジネスを生み出すことが重要です」と力を込めました。
NTTデータ•ビズインテグラル社では、ERPメーカーとしてデジタルインボイスの普及に取り組んでいます。EIPAの取り組み趣旨にも賛同し、2020年10月より正会員として参画の上、今後もEIPAと連携しながら、JP PINTに準拠するソリューションの企画・開発を進めています。
まとめ
- 大量の請求書を扱う企業にとって業務の効率化は喫緊の課題であり、そのソリューションとして注目されているのが「デジタルインボイス」である。デジタルインボイスの国際標準仕様「Peppol」に準じた日本の標準仕様「JP PINT」が策定された現在、会計ソフト・ERPシステムベンダーの具体的なサービス・プロダクトの早期リリースが期待されている。
- デジタルインボイスを利用する事業者(ユーザー企業)にとっての導入メリットは、業務効率化。特に、大量の請求書を扱う大企業や急成長中の中堅企業、海外取引が多い企業は導入すべき。
- 海外では、デジタルインボイスを活用したビジネスが展開されており、海外のサービスプロバイダーが日本市場に参入すべく攻勢をかけている。
- デジタルインボイスに関連した新しい付加価値をもたらすサービス創出が期待されている。